自立すること(親も子も)

我が家の子育て(子供たちはとうに成人してるけど)方針は「自立」がテーマだった。

親は先に亡くなる。なので、子供は親に頼らずに生きていかなければならない。という極めてシンプルな理由でそう決めた。

自立とは経済的にも精神的にも独り立ちすること。もちろん、人間一人では生きていけないので、誰かのお世話になることはあるけれど、親子という関係ではまず子供が自立することが大事だと思って接してきたつもり。甘い親だけど、、

そんな自立というテーマで、草薙龍瞬さんがコメントしていたので、改めてなるほどと。


(引用)
自立というのは、「縁あって同じ家で暮らしているけれども、あくまでそれぞれが別人格で、別の人生を生きている、子供であれば、子供だけの未来・人生がある」という前提です。
親だからといって、子供の心情を傷つけていいことにはならないし、何をしてもいいわけではなくて。あくまでよき理解者であろうと努めて、子供がいい人生を、自分の力で生きて行ってくれたらという思いをもって、適度な距離を保って、必要なかぎりで後押し(応援)するという関わり方です。

家庭であれ、職場であれ、人と人とが関わる時の基本は、反応するのではなく、妄想を押し付けるのではなく、「まずは理解する」ことに努めること。相手の言葉・行い、そして背後にある思いを、自分にできるかぎりの観察力・推測力を使って、「正確に理解しよう」と努めること。
※推測は、厳密には妄想に当たるけれど、最終的な正しい理解にたどり着けるなら、意味を持つ。いわば仮の理解として役に立つ。

家庭においては、理解したうえで各自の自立を保ったうえで関わる(自立とは、互いに苦しめ合わない適度な距離感を保つこと、そして子供に対しては、将来の独立という方向性を見すえて関わること)。

つまり、理解 +(プラス)自立。

理解に努める段階においては、関係性はフラット。対等だ。そのうえで、大人(親)の側には、自分の将来(いわゆる老後)をどうするかという方向性があり、子供には、将来何者として生きていくか(進路・職業などの将来設計)という方向性がある。

理解 + 自立 + それぞれの方向性 だ。(方向性というのは、「家族共通の」ではない。「それぞれの」だ。要注意)
(引用終わり)

人は最後には一人になる。親子だって、夫婦だっていつかはどちかが先に死別するだろう。
なので、自分のことは自分でできるようにしなければならないし、自分の心は自分で守っていかなければならない。

そんなことを妄想すると少し寂しいけれど、事実は事実として認識したうえで、今日を生きていくことが改めて大事なことなんだと思う。

これも、ウェルビーイング!

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