感情的になってはいけない(怒りを制御する)

年齢を重ねるほど、心を大事にしたいと思うようになる。
老人ほど怒りやすくなるという話しも聞いたことがある。原因は加齢による脳の衰えなのかもしれない。であればこそ、自分の心は自分の感情は自分で守っていく必要がある。

はっきり言って、感情むき出しで怒りを表す時点で、残念な人になる。



(引用)
仏教では、感情的になってしまうことは、主に「煩悩(ぼんのう)」の一つである怒りの心、特に「瞋恚(しんい)」として捉えられ、私たちを苦しめ悩ませる原因とされています。

この怒りの心(瞋恚)は、煩悩の中でも特に恐ろしいとされる「三毒(さんどく)」の一つです。

煩悩と三毒

仏教において、煩悩とは心身を乱し、苦しみを生み出す心の汚れの総称です。この煩悩の代表的なものが以下の「三毒」です。

  1. 貪(とん)貪りの心、欲望(もっと欲しい、手に入れたいという執着)
  2. 瞋(じん)怒りの心(イライラ、憎しみ、妬みも含む)
  3. 癡(ち)愚痴無知の心(物事の真理を知らず、誤った認識に囚われること)

感情的になること、つまり「怒り」の心(瞋恚)は、自分の思い通りにならない時や、期待が裏切られた時に起こるものと理解されています。この怒りは、猛火よりも激しく全てを焼き払ってしまうと説かれ、人から嫌われ、善いことをせず悪いことをする原因となると教えられています。

仏教の対処法

仏教では、感情的になること(怒り)を克服するために、主に以下のような教えを説いています。

  • 忍辱(にんにく)の実践
    • 忍耐堪忍を意味し、あらゆる侮辱や迫害に耐え忍んで、怒りの心を起こさないようにすることです。これは六波羅蜜(菩薩の修行徳目)の一つでもあります。
  • 怒りの原因を知る
    • 怒りは、期待と現実のギャップや、自分の欲が妨げられたときに生じる構造を理解し、**「自分の思いや期待を相手に押し付けていないか」**と自己の言動を振り返ることが大切です。
  • 気づき(サティ)と心の安定
    • 自分が今、怒っているという感情に気づき客観的に認識することが第一歩とされます。深呼吸などで心を落ち着かせ、感情に流されないように努めます。
  • 執着を手放す
    • ものごとの本質を見極め、**固定的な価値観や「実体のないものへの執着」**を手放すことで、煩悩が起こる温床を取り除くことを目指します。

このように、仏教は感情的になってしまうことを「苦しみの根源」の一つと捉え、それを乗り越えて心の平穏悟りに至るための具体的な道(教えや修行)を示しています。(引用終わり)

穏やかな心で人生を過ごそう。

これも、ウェルビーイング!


昭和~令和までサラリーマンやってます。心がフッと軽くなる考え方や、元気に生きて行こうという気持ちになるブログを目指してます。誰かのために、もっとWell Being(幸福)な世の中のために!

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