オリンピックで悲願の金メダルとか、ニュースでよく聞く言葉。
金メダルを獲ったら嬉しいはずなのに、何故、悲しい願いなのかとずっと思ってた。(ご存じの方からは君はアホだね思ってるだろな、、悲)
調べてみたら、悲願の「悲」とは仏教用語の「慈悲」からきているそうだ。
「仏さまが大慈悲心から起こされた願い」という意味があるのです。
慈悲は、「慈」が苦しみを抜いてやりたいという心、「悲」が楽しみを与えてやりたいという心を表しています。
私たちにもこの心はありますが、中でも、子を想う親の慈悲ほど深いものはないと言われます。
親は子供が病気になれば付きっきりで看病してくれます。
仕事や家事でどんなに疲れていても、休日に遊びに連れて行ってくれるのは喜ぶ顔が見たいと思うからこそでしょう。
哀れみや慈しみの心からの願いのことを「悲願」と言ったのだろう。深~い。
みんながウェルビーイングになって、ウェルビーイングな社会になれば、めぐりめぐって自分もウェルビーイングになれるかも知れない。これを悲願にしたいな。
これも、ウェルビーイング!
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