「知ること」は「感じること」の半分も重要ではない

最近、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』という本を読んだ。

読んで感じたことは、とてもシンプルだった。人間にとって大切なのは、「たくさん知っていること」だけではなく、「心から感じること」なのだということだ。

レイチェル・カーソンは、海洋生物学者であり、環境問題を告発した名著『沈黙の春』を書いた人物である。彼女が人生の最後に残したこの本のテーマは、「自然の中にある美しさや不思議さに心を動かす感性」である。それを彼女は「センス・オブ・ワンダー」と呼んだ。

例えば、子どもが初めて雨を見る。「これは水滴で、雲から落ちてきたものだよ。」そう説明することもできる。
しかし子どもにとって大切なのは、まず、「雨ってきれいだね。」「雨の音って面白いね。」と感じることなのだ。

知識はもちろん大切である。

でも、感動を伴わない知識は、意外と忘れてしまう。一方で、「きれいだな」「不思議だな」と心で感じた経験は、人生の宝物として残り続ける。

考えてみれば、大人になると私たちは、何でも理由や答えを求めてしまう。花を見れば名前を調べる。星を見れば仕組みを知ろうとする。鳥の声を聞けば種類を判別する。もちろん、それも素晴らしいことだ。しかし、時には子どものように、「なんてきれいなんだろう。」「なぜこんなに不思議なんだろう。」と、ただ感動する時間も必要なのではないだろうか。

AI時代だから尚更そんな気がする。

私自身、ランニングをしていると、そんな瞬間がある。朝の空の色。季節によって変わる風の匂い。
道端に咲く小さな花。以前なら見過ごしていたものが、心に入ってくる瞬間がある。

学生時代で川で練習しているときの匂いや鳥の声など。

幸せとは、特別な出来事を手に入れることだけではない。「いつもの景色を、新しい目で見る力」なのかもしれない。

カーソンは、大人が子どもに与えるべきものは、完璧な知識ではなく、「一緒に驚く姿」だと言っている。

「すごいね。」
「きれいだね。」
「不思議だね。」

その感動を一緒に味わうことが、何より大切なのだ。もし最近、毎日が少し退屈に感じるなら、こんな問いを自分に投げかけてみたい。「もし、これを見るのが人生で初めてだったら?」「もし、これが二度と見られないとしたら?」

きっと、いつもの朝日も、風の音も、家族の笑顔も、違って見えてくるだろう。人生を豊かにするのは、何を持っているかだけではない。世界の美しさに気づける心を持っているかどうかだ。

感動できる人は、何歳になっても人生に飽きることはない。

今日も、小さなワンダーを探して歩いてみよう。

これも、ウェルビーイング!

コメント