「自分は正しい」という思い込み

朝の通勤電車で、こんな場面を見かけた。
ドアが開くと同時に乗り込もうとする人と、降りようとする人がぶつかりそうになった。

乗る人は、「先に乗ったほうが早いじゃないか」と思っていたかもしれない。
降りる人は、「降りる人が先なのは当たり前だろう」と思っていたかもしれない。

どちらも、おそらく自分は正しいと思っている。実は私たちは毎日、こんなことを繰り返している。

職場では、「このやり方のほうが効率的だ。」
家庭では、「普通はこうするでしょう。」
車を運転していれば、「あの車の運転は危ない。」

気づけば、一日に何度も「自分は正しい」と心の中で判決を下している。
もちろん、自分の考えを持つことは悪いことではない。

問題は、その考えが「唯一の正解」になってしまうことだ。

私はバンドで歌っている。
同じ一曲でも、「もっと優しく歌ったほうがいい」と思う人もいれば、「もっと力強く歌ってほしい」と感じる人もいる。音楽に絶対の正解がないように、人との接し方や仕事の進め方にも、一つの正解しかないということは少ない。

だから最近は、「私は正しい」ではなく、「私はこう思っている」と考えるようにしている。

この一言に変えるだけで、心はずいぶん柔らかくなる気がする。

相手を変えようとする前に、「もしかしたら、相手には相手の正しさがあるのかもしれない」と考えられるようになるからだ。

人間関係で苦しくなる原因は、相手が違うからではない。「自分だけが正しい」と思い込んでしまう心の癖なのかもしれない。今日もきっと、私は何度も「自分は正しい」と思うだろう。

そのたびに、一歩立ち止まって自分に問いかけたい。「本当にそうかな?」

スマナサーラ長老も、「正しい」と思うことが怒りを生むと言っている。

その一瞬の問いかけが、心を少し自由にしてくれる。

これも、ウェルビーイング!

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