私はバンドでボーカルをやっている。
歌を覚えるときは、何度も何度も曲を聴く。メロディも歌詞も頭の中では完璧に再生できるようになる。しかし、それだけでは歌えるようにはならない。
実際にマイクを持ち、自分の体を使って歌ってみると、息継ぎが思ったより難しかったり、高音が出なかったり、リズムがずれたりする。
頭で知っていることと、体でできることは、まったく別なのである。
これは歌だけではない。
ランニングも同じだ。
フォームの本を何冊読んでも、YouTubeで一流ランナーの走りを何時間見ても、自分が1km走った経験にはかなわない。
筋トレもそうである。
「筋肉は超回復する」「たんぱく質が大切」「スクワットはキング・オブ・エクササイズ」。
そんな知識はいくらでも手に入る。
しかし、実際にバーベルを担ぎ、最後の一回を歯を食いしばって持ち上げた人だけが、本当の意味でその価値を知ることができる。
汗の重さ。筋肉痛の痛み。少しずつ体が変わっていく喜び。
これらは、本には書いてあっても、体験しなければ決して自分のものにはならない。
考えてみれば、人間は「頭」だけではなく、「体」を持って生まれてきた。
もし知識だけが大切なら、本を読めば人生は完成するはずである。しかし現実は違う。
転んだから歩き方を覚え、失敗したから成長する。人生は「体験するため」にあるのではないだろうか。

最近は、AIのおかげで知識はいくらでも手に入る時代になった。分からないことは、すぐに調べられる。それは素晴らしいことである。
しかし、AIがどれだけ進化しても、私の代わりにランニングをしてくれることはない。
私の代わりに筋トレで汗を流してくれることもない。
私の代わりにステージで歌い、緊張し、感動することもできない。
最後に人生を豊かにするのは、「知っていること」ではなく、「体験したこと」なのだと思う。
だから今日も私は、マンサンダルを履いて走りに行く。
頭で学んだことを、体で確かめるために。
これも、ウェルビーイング!



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